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4年前からメキシコ市南部、フリーダ・カーロの生家(現・美術館)や、レオン・トロツキーが暗殺された家、アステカ帝国の創建に遡ること一千年以上のクイクイルコ祭儀遺跡、ユネスコ世界遺産指定の水辺の公園ソチミルコにほど近い団地の一隅に住む。メキシコ市居住前は、中米グァテマラの古都アンティグアに約6年。ほぼ10年の外国暮らしを筆一本でつづけています。アンティグアも全市が世界遺産でした。
グァテマラ時代はまだ内戦下で頻繁に人権犯罪が起こっていました。隣国エル・サルバドルではホンジュラスに近いサン・ミゲルで市街戦に遭遇したりして、日本のボーヨーウとした弛緩した光景がなんとなく疎ましくなりました。それは、「平和」という言葉で形容されるべき光景かも知れませんが。
東琢磨氏の薦めで『カリブ・ラテンアメリカ音の地図』にメキシコ、中米地峡諸国の音楽について書きましたが、本来は、政治・社会などにより強い興味があったはずですが、最近、仕事はえらく分散化。原稿料をきちんと貰っているということでは、美術評論も加わりますし、コラージュも連載を持っていますし、写真でも結構、稼いでいます。
かつて、東京にいた頃は、教育問題というより学校教科書問題のひとかどの専門家でもありまして、2冊も恥ずかしながら著書を出しています。最初の『教科書物語』(新泉社)は、愛知県で、管理教育のメッカですね、禁書リストにのるという名誉(?)を受けました。次に出したのはビギナーシリーズ『教科書』(現代書館)、最近、ほとんどつき合いがないのですが、まだ書籍に並んでいるようですが、自分の気分としては絶版にして欲しい。
絶版本でのお勧めは、読まれないだろうとの思って書くのですが、『国境の神々』という著書を持っています。これも新泉社発売です。ソ連時代に東欧国境周辺を旅した文化的紀行文で、刊行当時は新聞などに結構、書評が載りました。1年後、講談社文庫に入って、表題の攻防戦で営業部に負けて『ソビエト新事情』となりました。単行本の紀行に新たにグルジア、アルメニア紀行などを加えた文庫ですが、図版がたくさん入っているということでは新泉社発売のものをお勧めします。
他の著書には、『ポコ・ア・ポコ』、『熱帯アメリカ地峡通信』(ともに現代書館刊)があります。共著はもう面倒なので書きません。
そうした活動のはるか以前、20代前半の若書きでしたが在日朝鮮・韓国人文学にも興味があって、「呉林俊ノート」なる評論で新日本文学賞で佳作だったかで、その手のものでは始めて活字になりました。
遡ってなかりいても仕方がないので、ここ一年半ほどの仕事は、次の媒体に発表してます。
『ラティーナ』で、連載「南のポリティカ」、連載「メキシコ百花繚乱」、他、単発。「南の」ではコラージュを自ら担当。「百花繚乱」ではクアウテモク望月の筆名で。
『パセオ・フラメンコ』の多いですね。最近、メキシコ在住のヒターノ一家に苦労してインタビューに成功、個人的に面白かった。
『週刊金曜日』、「音楽評」を担当している他、適宜、記事を書いてます。
『潮』、一昨年は連載も持っていないのに年に4回も書きましたが、昨年は1本、今年はまだゼロですが。
『芸術新潮』では、「海外ニュース」に良く書いてます。単発での仕事は稀ですね。雑誌の編成が特集に大きく割くムック形式なんで。『美術手帖』に一度、売り込んだのですが、現代美術評をメキシコから発信したくて、手紙でしたから、毎度のことですが太平洋上に落下したようです。誰か、知り合いがいたら紹介乞う。
「海外ニュース」ということでは2年前まで朝日新聞夕刊・文化欄の同名のコラムも担当してました。同社の『アエラ』にも良く書いてました。一時は、朝日新聞関係で家の財政の半分が支えられていた時代もありました。新聞関係での最近の仕事では、『中日新聞』『北海道新聞』など。
新聞ではないですがスペインはマドリッド市で発行されている『OCSNEWS』にコラムの連載を持ってます。
『社会新報』『まなぶ』『労働組合』といった旧社会党関係媒体への出稿が多い。これは知り合いがいるということですが、『新報』はともかく、『まなぶ』『労働組合』は旧社会党時代の最左派・社会主義協会の媒体です。向坂マルクスには異論がありますが、活動している人たちの真摯さ、時代遅れ、とも言ってよいですが、それに好感度大で、原稿の廉価もなんのそのと出稿してます。原価割れすることもあり。あぁ、自治労という地方自治体職員が読む月刊誌『自治研』という媒体にも書いてますね。
『中南米マガジン』にも乞われて良く書きます。この他、色々、あるわけですが、『地球の歩き方・中米編』、グァテマラに居住し始めた直後から出版計画が起こり、たたき台からやってますが、最近は改版でも1、2カ国しか担当してません。この仕事、せいぜい30代までの仕事、と思います。しかし、それを認めると自分の老いを認めるようで、声が掛かれば無理しても取材をやってます。割が合わないようにも思うのですが、強制的に知らない町にいけるという利点ありですね。自分の旅ではいかないところもやむなく行く、という感じです。
昨年12月には、『歩き方』をより教養度を加えた読み物にしたトラベル・ジャーナル社のワールド・カルチャーシリーズ『メキシコ』で3分の1ほど書きまくりました。
こうして書き出してみるとひどく雑然とした印象で思想性もなにもないという感じでしょうか?
最近、書き上げた長めの文章に、キューバのサンティアゴ・デ・クーバを「音楽」だけなく多角的に書いた紀行文あり、これは6月号の「ラティーナ」に掲載予定。
「メキシコ音楽」を思い切ってアステカ時代に遡ってエッセイ化した文章も書き上げました。
音楽の友社の『音の地図』では制限枚数のため、書けなかった「歴史」を少々、書いたモノですが、今年のテーマのひとつとして、アステカ・マヤ文化圏の音の残響についてもう少し詳しく各必要ありと思っています。なにせ、メキシコ市郊外のチョルーラにある大神殿遺跡の中庭広場にはいまでも叩けば甦る深遠なる音響があるのです。無知なスペイン・カトリック従軍僧たちは、そこまで思いつきもしなかった音響技術故、遺ったものです。その辺から書ける、という試みをしたいと思っています。
もう一件、3月のサンティアゴまでの旅は、ガルシア・ロルカに触発された旅だったのですが、彼の有名な詩に「サンティアゴの黒人へのソン」などと表題が邦訳されたものがありますが、ハバナで調べて知ったのですが、彼はサンティアゴに行かずにあの詩を書いたのです。そんなことを含めてロルカのキューバの旅を綴ってみたいと思っています。
そうそう、仕事といえるか、本国会で「秘書の給与の上前をはねた云々」で退職することになった社民党の辻本清美がはじめたピースボートには船上講師として船が大西洋に入ると、パナマ運河を通過してメキシコとかペルーに着くまでの区間の何処かでいつも乗っています。
カリブ諸国のこと、キューバ、パナマ運河の歴史、中米内戦史、話すのが面倒になると、きょうはブエナ・ビスタで振り返る現代キューバ史、中米諸国の音楽とかの主題を決めてCDを掛けながらDJ、を毎回数時間、やってます。つまり、自分の楽しいようにやって乗船してます。家族から逃れる休暇でもあり、日本の若者の馬鹿さと、優しさにも触れる旅でもあります。最近は家族で乗ってパパたる自分は講師で喉を涸らしているとき、子ども達はプールやゲームセンターで遊んでいるのであります。講師ということでは、パートナーは日本メキシコ学院、故田中角栄氏の肝いりで発足した在外日本人学校の家庭科教師を務めています。教員免許は「社会科」なのですが、女教師はひとりということで。その体験をもとに『北海道新聞』に教育問題でコラムを連載しています。因みに、わが家のこどもたち日本国籍とグァテマラ国籍組を持つ長男に長女、日本国籍とメキシコ国籍を持つ次男、みんな地元メキシコ人経営の学校に通っています。長男10歳、西語で『ハリーポッター』を読破し、『コロコロコミック』を毎号楽しんでいます。日本メキシコ学院の生徒でそこまでできる小学生はほとんどいません。わが家の教育に少し自信あり、といってもこどもたちの自助努力の賜物でしょうが、これがすこぶる五月蠅い子ども達であります。私は鉄拳を振るいます。
さて、今年、残された約8カ月、どう楽しく仕事をやりながら生活していくかが課題です。
来月5月中旬には親類の結婚式への参列のために短期間、帰国します。たった2時間の式のために大枚叩かねばならないのは不条理であります。のし袋は空だと宣言してますが、そうはできないのが辛いところです。
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