●執筆者(掲載順)
酒井 隆史(さかい・たかし)
社会思想(?)、都市社会学(?)、音楽文化研究(?)、なにがなんだか自分でもよくわからず。現在、大阪女子大学講師。著書『自由論』(青土社、2001)。
本山 謙二(もとやま・けんじ)
1973年生まれ。静岡生まれ、鹿児島育ちの「琉球弧2世」。生活を含めた意味での〈芸能文化〉というものがもっている可能性や文化の政治性について、今自分が生活している具体的な〈場〉から考えていきたい。共著に『カルチュラル・スタディーズ』(講談社メチエ)、論文に「『沖縄』からはじまるタビ――干刈あがたの世界から」『ユリイカ』(8月号、2001)、「唄い崩される〈うた〉の経路――一九の春をめぐって」『現代思想』(5月号、2002)他。
崎山 政毅(さきやま・まさき)
1961年生まれ。大学教員、「第三世界」思想史・ラテンアメリカ近現代史。著書に『サバルタンと歴史』(青土社、2001)ほか。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの「死者たちの記憶」のヴィデオ・クリップはいいぞォ! チアパスの女たち男たちが政府軍の戦車に武器をもたずに抗議するシーンには腰がヌケルほど感動した。できるならばパンパンに腫れあがって熱をもち、身体をヘタらせるだけでなく、勝手にリズムまで刻んでしまう「寄生獣」のような「扁桃腺」に変態したい。「切除」されたら? そのとき考えます――めげずにね。現在、19世紀末から1920年代にかけてのラテンアメリカにおける民衆闘争・社会思想・アヴァンギャルド芸術運動をめぐる著書を準備中。
青木 深(あおき・しん)
1975年横浜生まれ。鎌倉〜藤沢界隈の海岸近くに育つ。上智大学卒業後、焼き鳥屋店員を1年間ほど務め、現在は一橋大学大学院博士課程に所属。論文に『終戦後の在日米軍クラブにおける音楽演奏――兵隊・パフォーマー・曲』(一橋大学大学院社会学研究科地球社会研究専攻修士学位論文、2002)。また、『アンボス・ムンドス』『中南米マガジン』にCDレヴューなども寄稿。幸運にも出会うことのできた人や音とは、その都度に、できるかぎり謙虚に関わっていきたい。
ヒデ坊 = 伊丹 英子(いたみ・ひでこ)
ソウル・フラワー・ユニオンのギタリスト兼ブズーカー兼何でも屋。阪神大震災発生時、被災地と連絡を取り、メンバーを誘ってソウル・フラワー・モノノケ・サミットなる別働ちんどんユニットを結成。そちらではチャンゴ兼チンドン兼マネージャー。95年以降、じいさん、ばあさんにも楽しんでもらえるイベントをと『つづらおりの宴』を主催。震災一年後の「長田神社」をはじめ、コリアン、沖縄、最近はアイリッシュの友人達と地べたでつながる音楽を追求中。ソウル・フラワー・ユニオン『エレクトロ・アジール・バップ』(1996)、『スクリューボール・コメディ』(2001)、ソウル・フラワー・モノノケ・サミット『アジール・チンドン』(1995)、『レヴェラーズ・チンドン』(1997)は必聴。2002年、ソウル・フラワー・ユニオン『ラヴ・プラスマイナス・ゼロ』。活動の詳細・お問い合わせはブレスト音楽出版まで(tel 03-3402-5845)。
オフィシャル・ホームページ http://www.breast.co.jp/soulflower/
中川 敬(なかがわ・たかし)
ソウル・フラワー・ユニオンのリード・ヴォーカル兼ギタリスト。阪神大震災以降、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットなる別働ちんどんユニットを結成し、そちらでは三線を片手に、日本列島の民謡、壮士演歌、はやり唄、労働歌、革命歌等を歌う。ソウル・フラワー・ユニオン『エレクトロ・アジール・バップ』(1996)、『スクリューボール・コメディ』(2001)、ソウル・フラワー・モノノケ・サミット『アジール・チンドン』(1995)、『レヴェラーズ・チンドン』(1997)は必聴。2002年、ソウル・フラワー・ユニオン『ラヴ・プラスマイナス・ゼロ』、ヤポネシアン・ボールズ・ファンデーション『アザディ!?』と、2枚のアルバムを発表。活動の詳細・お問い合わせはブレスト音楽出版まで(tel 03-3402-5845)。
オフィシャル・ホームページ http://www.breast.co.jp/soulflower/
大熊 ワタル(おおくま・わたる)
1960年広島県生まれ。アヴァンギャルド・ロックに端を発し即興音楽を織り交ぜた幅広い音楽活動を行なうクラリネット奏者。チンドン楽士としてのキャリアも長い。バンド「CICALA-MVTA (シカラムータ)」を率い、ソウル・フラワー・モノノケ・サミット、A-MUSIK などにも参加。CDに『シカラムータ 大熊亘ユニット』(1998)、『豚の報い』(1999)、『凸凹:deko-boko 』(2001、いずれもリスペクトレコード)などがある。また著書『ラフミュージック宣言』(インパクト出版会、2001)をはじめ、各紙誌で批評活動を精力的に展開。
オフィシャルホームページ http://homepage2.nifty.com/roughmusic/
趙 博(ちょう・ばく)
大阪生まれの在日韓国人2世。「浪速の唄う巨人」の異名をとるシンガーソングライター。フォークソング、ブルース、ロック、朝鮮の古典民謡・打楽器もこなす。1992〜97年ロックバンド「Granet Rage」を率いて活動する。1995年以降はソウル・フラワー・モノノケ・サミットやおーまきちまき等と阪神・淡路大震災被災者救援関連のコンサートを多数企画・出演する一方、板橋文夫や寿、大熊ワタル、笑福亭伯鶴、桂あやめ等とも共演。国内各地、カナダ・韓国、ロシアで公演を行う。近作に『ソリマダン』(1999)、『ガーリックちんどん』(2000)、『光のエチュード』(2001)等。現職の予備校講師の他、教育や人権・文化・日韓関係の講演や著作、矢野陽子や故マルセ太郎らの演劇の舞台出演など多彩な顔を持つ。
オフィシャルホームページ http://www.asahi-net.or.jp/~cu7y-oikw/paggie.htm
「パギやん」で検索可。
ぶうち 古谷(ぶうち・ふるたに)
1955年石川県生まれ。大阪市在住、某区役所勤務。オオサカ芸能のオッカケが高じて落語・講談・音楽ライブの仕掛人となる。オッカケの対象である維新派(野外舞台)、ちんどん通信社(路上音楽)、ソウル・フラワー・モノノケ・サミット(櫓上音楽)、ボサノムーチョ(音頭音楽)は、大阪が世界に誇る四大芸能と思いたいとマジで思っている。大阪発の雑誌「胡散無産」の同人。
粟谷 佳司(あわたに・よしじ)
1968年大阪市生まれ。同志社大学大学院博士後期課程。関西大学、大阪産業大学非常勤講師。専攻は、社会学、メディア研究、比較文化研究。1999年から2000年にカナダのトロントに留学(トロント大学ヨーク大学共同アジア太平洋研究所)。ヨーク大学大学院社会政治思想プログラムのゼミに参加し、カルチュラル・スタディーズ、映画学、文化人類学などを学ぶ。論文に「ロックの『時代精神』からオーディエンスへ」『ポピュラー音楽研究』第2号(1998)、「表象と文化的アイデンティティ」『同志社社会学研究』第6号(2002)など。
東 琢磨(ひがし・たくま)
1964年広島生まれ。音楽商品/情報の流通現場での中間管理職経験も含むサラリーマン生活を経て、竹中労+グリッサン風な社会的身分評言でいえば「肉体知的労働系ジョブール」に。季刊誌『アンボス・ムンドス』元編集長。東京外語大非常勤講師。最近の関心は、大文字のうたにならないうたと大文字のアートにならないアートのあいだの〈なにものか〉にあるような……。近著に『カリブ・ラテンアメリカ 音の地図』(編著、音楽之友社、2002)ほか。近刊に『膨張するラテン・ミュージック』(仮題、音楽之友社)、『複数の沖縄』(西成彦・原毅彦編、人文書院)などが控えている。
http://www.009net.com/tlo/
林 幸治郎(はやし・こうじろう)
(有)東西屋・ちんどん通信社代表。1956年福岡市生まれ。音楽的興味から、ちんどん屋の世界に惹かれ立命館大学卒業と同時に、この世界へ飛び込む。大阪の老舗ちんどん屋で三年間の修行中、商売としての魅力をも感じ、1984年「ちんどん通信社」旗揚げ。卓越した技術と独自の経営理念で、業界に新風を巻き起こす。現在、メンバー18名を擁する、日本最大規模のちんどん集団の代表として全世界の街角、店頭で活躍中。富山・全日本チンドンコンクール最優秀賞6回。海外公演実績過去20回。著書に『ぼくたちのちんどん屋日記』(赤江真理子と共著、新宿書房、1986)『ちんどん屋です。』(赤江真理子と共著、思想の科学社、1993)、CDに『パレード』『ロマンス』あり。
坂入 尚文(さかいり・ひさふみ)
1947年生まれ。見世物小屋を経て、現在、飴細工師。見世物学会員。
市川 捷護(いちかわ・かつもり)
音楽・映像プロデューサー&ライター。レコード・ディレクター(ビクター)を経て、映像プロデューサー。主要制作作品に『実音 日大闘争の記録』『小沢昭一のドキュメント日本の放浪芸』シリーズ(レコード・CD)。『音と映像による世界民族音楽大系』、『天地樂舞――中国55少数民族民間伝統芸能体系』(以上ビデオ)。著書に『回想 日本の放浪芸――小沢昭一さんと探索した日々』(平凡社新書、2000)、『中国55の少数民族を訪ねて』(市橋雄二との共著、白水社、1998)がある。ジプシー(ロマ)の故郷を追うドキュメントCDシリーズ、小沢昭一の童謡シリーズ(ビクター)など準備中。
渚 ようこ(なぎさ・ようこ)
1994年、イベント“自由に歩いて愛して”でライヴ・デビュー。以降、さまざまなクラヴ・イベントに出演し、歌謡曲を歌い続けている。宮崎刑務所慰問ライヴ、京都西部講堂、新宿駅西口での無料ライヴ、横浜寿町フリーコンサートで歌うなど、独自の活動を展開。96年『アルバム第一集』で本格デビュー。2nd『涙の太陽/アルバム第二集』ではエミー・ジャクソンと共演。2001年『ベスト・ヒット12』(1997テイチクレコードの再発)、ミニアルバム『アダムとイヴのように』、ライヴ盤CD『新宿マドモワゼル/渚ようこリサイタル』を発表、2002年8月には徳間ジャパンより横山剣プロデュース『Yoko Elegance〜渚ようこの華麗なる世界〜』発売。コモエスタ八重樫率いるフィフス・ガーデン『LOVE ROCK』、ザ・ヘア『恋のサイケデリック』、オムニバスアルバム『GO! CINEMANIA COVER ROCKS』、ライヴ盤CD『R&B天国』、クレイジーケンバンド『肉体関係』など参加作品も多数。
オフィシャルホームページ http://hello.to/nagisayoko
松本 麻里(まつもと・まり)
横須賀生まれ。「星の流れに」や「カスバの女」を聞きながら「歌謡曲」について考えるということは植民地体験を起点 に敗戦・引き揚げ・そして高度経済成長と、「人の移動」を基軸に「戦後史」――「日本」にとどまらず「極東」全域を含む――についてまるごと考えなくてはならないということを再認識し、その途方もない作業の前に思わず立ちすくみ気味。かつて寺山修司だかが「アカシアの雨がやむとき」に際して「あの歌は西田佐知子が歌い終わり、おじぎをするところまで含めてがひとつづきになっている」といったそうですが、渚ようこさんの歌もすべてが渚さんがうたって完結する。歌心としかよびようがない歌唱への真摯さとその声が歌の表層やノスタルジーにはとどまらない集合的無意識と時空間を呼び起こしています。
首藤 久美子(すとう・くみこ)
1971年生まれ。出版社勤務。ソウル・フラワー・モノノケ・サミット『レヴェラーズ・チンドン』に収録されている「弥三郎節」は、嫁いびりの唄にもかかわらず、子どものころよく踊らされた。淡谷のり子からスーパーカーまで、多くの芸能の民を輩出した津軽三味線の本場に生まれ育ち、三上寛と同じ高校出身だが、東京へきて初めてそれらに出会う。音楽/芸能的文脈は、ヤマトにおいてはかのように無惨に断ち切られている。
小林 アツシ(こばやし・あつし)
1961年北海道生まれ。1990年前後に「フォーク頭蓋骨」等で音楽活動を行う。現在フリーの映像制作者として自主制作ビデオからテレビ番組までを幅広くこなすほか、自主ビデオをサポートする「VIDEO ACT!」のスタッフとしても行動中。映像作品として『盗聴法ダイジェスト』(1999)、『野宿の人〜沈黙の意味〜』(2002)などのほか、インターネットの「VIDEO ACT!」のサイトで映像を公開。1998年より「寿町フリーコンサート」にスタッフとして参加。現在、「寿町フリーコンサート」のドキュメンタリー・ビデオを制作している。
ホームページ http://member.nifty.ne.jp/atsukoba/
ダグマー・クラウゼ(Dagmar Krause)
ドイツ・ハンブルグ生まれ。1971年、アンソニー・ムーア、ピーター・ブレグヴァドらと、“アヴァン・ポップ・グループ”スラップ・ハッピーを結成。ドイツ・ポリドールと発足まもないヴァージン・レコードから作品を発表し、ポップ・ミュージックへの強烈なアンチテーゼとして高い評価を得る。1978年にはフレッド・フリス、クリス・カトラーらのアート・ベアーズに参加し、より前衛的な即興音楽にも取り組む。また80年代半ばからは自らのルーツともいえる、ベルトルド・ブレヒト/ハンス・アイスラーらの歌曲を取り上げた「ブレヒト・プロジェクト」を開始し、多くのコンサートに出演。98年にはピアノ/サンプラー奏者マリー・ゴヤッティとのデュオで初来日を果たす一方、スラップ・ハッピーとして23年ぶりの新作「サ・ヴァ」を発表。2000年には同グループでの初来日を果たすなど、現在にいたるまで活動を続けている。
小柳 暁子(こやなぎ・あきこ)
1971年北海道生まれ。一橋大学言語社会研究科修士課程修了。「インパクション」に映画評を執筆。翻訳にジャン=リュック・ゴダール「勝利まで――1970年、ファタハに提出された企画書」(『ゴダールの神話』現代思想臨時増刊号、1995)、バーバラ・スミス「決して傷つかない真実――1980年代のフィクションの中のブラックレズビアン」(『aala』?夏号〜?終刊号、1995〜1997)、『フェミニズムと精神分析事典』(共訳、多賀出版、2002)他。
陣野 俊史(じんの・としふみ)
1961年長崎生まれ。批評家、大学非常勤講師。20世紀フランス文学を専門とする一方、フットボールやロック、ラップを文化論の視点から論じる活動を展開する。主な著書に『ソニック・エティック』(水声社、1994)、『龍以後の世界』(彩流社、1998)、『フットボール・エクスプロージョン!』(白水社、1999)、『21世紀のロック』(編著、青弓社、1999)、『じゃがたら』(河出書房新社、2000)、『フットボール都市論』(青土社、2002)などがある。
平井 玄(ひらい・げん)
1952年新宿に生まれる。1968年、高校生の時に全共闘運動に参加。以降、フリーターをしながら、音楽の制作と批評、社会運動に携わる。79年、『同時代音楽』誌発刊に参画。85年、日雇い労働者たちの生活と闘いを描いた映画『山谷 やられたらやりかえせ』の製作と上映の運動に加わる。89年、ヒロヒトの死に際してコンサート『昭和大噪――Grand Noise Against the Emperor 』を開催、92年にはパレスチナの東エルサレムを訪れ、パレスチナ人音楽グループを国内に招聘。97年より早稲田大学文学部非常勤講師。著書に『路上のマテリアリズム』(社会評論社、1986)、『破壊的音楽』(インパクト出版会、1994)、『暴力と音』(人文書院、2001)、『引き裂かれた声』(毎日新聞社、2001)、など。
だい 次郎(だい・じろう)
1979年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。音楽雑誌「SNOOZER」(リトルモア)の編集部/ライター。
渋谷 望(しぶや・のぞむ)
千葉大学教員。専門は社会学。主な論文、「魂の労働」、「消費社会における恐怖の活用」(ともに『現代思想』)など。ナニナニ人として自己肯定する音楽ではなく、なまけ者として自己肯定する音楽を!
村山 大輔(むらやま・だいすけ) a.k.a.マギ
1980年東京生まれ。ラッパーのオバQ、DJ DDTと共にバビルカダムというグループを組み、ラッパーとして活動する傍ら、大学にも通う。2002年4月現在は渋谷Family、六本木NUTS、吉祥寺Warp、中目黒Montage などでレギュラーのイベントに出演中。その他、単発イベントにも多数出演。自主制作のCD-Rを不定期に発表している。DJ DDTのミックステープvol.1、vol.2 が渋谷近辺のレコード店にて発売中。vol.3 が4月25日に発売。
二木 信(ふたつぎ・しん)
1981年茨城県つくば市生まれ。現在、東京在住。早稲田大学第二文学部社会・人間系専修に在籍。現在東京、青山のクラブ fai にて毎月第二火曜日『レア・グルーヴ』に付随する様々な音楽、HIPHOP、FUNK、JAZZ、FUTURE JAZZ などがプレイされるイベント「MIDNIGHT THEME」のDJ。
山本 敦久(やまもと・あつひさ)
1973年長野市生まれ。筑波大学大学院博士課程在籍。専門はスポーツ批評、スポーツ社会学。身体パフォーマンスをラディカルに政治化していく実践を模索するために、実際に都内のボクシングジムに入門。フィールドワークを継続中。最近では、若いボクサーたちとスパーリングを重ねるうちに研究者なのかボクサーなのかよくわからなくなってきている。身体の変化は認識を変える……。
ケン・カワシマ(Ken C. Kawashima)
ブルースマン。1971年生まれ、オハイオ州 Bowling Green で育つ。1989年から94年までシカゴ大学に在籍しながら地元のブルースシーンに食い込む。これまで共演したアーティストは Willie Smith and the Legendary Blues Band(ウィリーはマディ・ウォーターズのバンドの最長ドラマー)、Dave Myers, Johnny B. Moore, Willie Kent, RockinユJohnny Burgin など。現在、トロント大学講師。
鈴木 慎一郎(すずき・しんいちろう)
カリブ海研究・文化人類学。エクゾティシズムとノスタルジアにつき動かされて三十数年。植民地主義批判で槍玉にあげられやすいこれらの感覚の可能性をあえて模索。単著に『レゲエ・トレイン』(青土社、2000)、共著に『〈複数文化〉のために』(人文書院、1998)『カリブ・ラテンアメリカ 音の地図』(音楽之友社、2002)などの他、大学紀要からフリーペーパーまで色々な場に書いてきた。現職は信州大学助教授。山に囲まれた地でカリブ海の島々のことを想う(懐かしむ)日々は、もう5年近くに。