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今、この時代はおもしろいのだろうか。
私(たち)は、それぞれに完結した個人なのだろうか。
音楽やアート、暮らしや社会は、それぞれがバラバラなものなのだろうか。

おもしろくないとすれば、どのようにおもしろくなるのだろうか。
ともにあることを知り、ともに考え、ともに行動するとすれば、どのように可能だろうか。
私(たち)は、どのように自由で、あるいは不自由で、どのように自由であることができるのだろうか。

このサイトは、そんな愚直な問いを抱えつつ、友人たちとともにある長屋のような場所として機能させていきたいと考えている。
複数の個人を織りなしている集合的な回路からさまざまに<世界>へと開かれていく、いろいろな部屋が並んだ長屋。そこには引きこもった人もいるかもしれないし、誰でも歓待してくれる人もいるかもしれない。部屋を仕切る壁には穴が空いているかもしれない。中庭もあるかもしれない。
ほんとうの路上や飲み屋、書物や教室、音盤やライヴ会場へと開かれているかもしれない。気がつくと、はるか遠くの知らない場所に紛れ込んでいるかもしれない。

そんな漠然として、いろいろな可能性があるような場所として、このサイトは機能させていきたいし、同時に、このサイト以外の場所での発言や行動へともつなげていきたいと考えている。


さて、名前だが、Loisaidaは、ニューヨークのロワー・イースト・サイドLower EastSideのニューヨリカン(ニューヨークのプエルトリカン)によるスパングリッシュ表現。
ニューヨークのダウンタウンは、さまざまな人々が集まり、時に過激に、時にスノッブに、共同しながら対抗しながら硬軟さまざまなアートを作り出してきた。また、時にそうしたアートは市側や不動産屋どものジェントリフィケーションに抗する住居/労働をめぐるアクティヴィズムとも連動してきた。
一方で、「ロイサイダ」の響きのルーツともなっているのが、プエルトリコ本島のロイサLoizaといわれている。この街は、アフリカ系プエルトリコ文化の伝統の残る場所であると同時にマングローブ原生林の植生の豊かな、ある意味で非常に象徴的なトポスでもある。

特に幻想を持つわけではないが、ひとつの指標として、このふたつを合わせて、Loizaidaとした。
また、organizersには、1960年代日本のネオダダ・オーガナイザーズへのオマージュも込められている。彼らの多くは「作品」を残していない。しかしながら、彼らの果たした役割は決して小さくはない。
動き回り、撹乱し、新しい状況を構築していくこの時代のオーガナイザーたち。

今後、この場(サイト)には、いろいろな場所でそれぞれの生活を送っている人々に参加願うつもりでいるし、掲示板も設定したり、リンクもはりめぐらしていくつもりでいる。

  
2002.3.27
東 琢磨